Vol.02屋上庭園で五感を研ぎ澄ます
都市部の商業ビルや公共施設の屋上に、緑とくつろげる庭園を設ける。今でこそめずらしくない「屋上庭園」ですが、それを80年以上も前、しかも自宅の屋上で思いついた人がいます。日本の彫塑界をリードし、文化勲章も受章した彫刻家・朝倉文夫です。
1935年に建てられた彼の自宅兼アトリエは国の登録有形文化財に登録されており、現在は美術館として公開されています。大きな作品を昇降する装置を取り付けるなどの関係で、当時の住居としては珍しい鉄筋コンクリート造を取り入れ、さまざまな必要性とアイデアのもと建設された彼のアトリエ。なかでも屋上庭園は、日本の屋上緑化の先駆けとして重要な意味をもっているとか……。
なんだか、マンションのバルコニーライフの参考になりそうな予感がする!そんな直感を頼りに、さっそく東京都台東区の「朝倉彫塑館」へ屋上庭園見学に行ってきました。
庭がなくても、屋上があれば。現代のマンションにも言えること。
コンクリート造のアトリエ棟の階段を登って屋上に出ると……パーンと開けた東京の空! まず目を引くのが、とても屋上とは思えない大きなオリーブの木。そのオリーブが影をつくり、木漏れ日がなんとも心地良い。そして季節の花が咲く花壇に、野菜を栽培中の園芸スペースも。なんと当時は、屋上に温室もあったそう。
そもそも、なぜ朝倉氏はこの屋上菜園を造るに至ったのでしょうか。その経緯が、自著『彫塑余滴』に記されています。
私は、畑を屋上に持っている、というと何だか立派な屋上庭園でもありそうに思われるが、余り広くもない敷地の中に一ぱいに家を建てたので、一本の花を植える余地も、野菜の種を蒔く空地もないので、アトリエの屋上に土を持ち上げて……(中略) 又この畑が塾の者に園芸を習わせる畑でもある。一週に一日園芸の専門家に来てもらって指導してもらっている。バラの接木から花の種の蒔き方や野菜の作り方まで教えられて、今年頃は自分一人で苗を育てている者が出来て、赤ん坊なら一人歩きがよちよちながら出来るようになったのだ
庭を作る場所がないから、屋上に作ってしまおう。東京とはいえ、まだ高層マンションもない昭和初期、よほど斬新な発想だったことでしょう。でも現在の住宅事情から見れば、まったく当たり前の発想。マンションでも、庭が欲しい。そう思ったら、屋上やバルコニーを活用すればいいのです。
野菜を育てる。五感を育む。
そして先の引用からも分かるように、この屋上庭園にはひとつ重要な目的がありました。それは、「朝倉彫塑塾の園芸実習の場」となること。
当時、ここで若い彫刻家を集め「朝倉彫塑塾」を開いていた朝倉氏。この屋上では、植物を育てることで自然を見る目やモデルを見る目を養うという、独自の教育論に基づいた園芸実習が行われていました。なるほど、彼が庭を作ることにこだわった理由が分かります。
この日、園芸スペースには夏らしいトマトとナスが実をつけていました。決して大きな園芸スペースではありませんが、野菜の色味が活き活きとした生命力を感じさせてくれます。マンションのバルコニーでは少ししか野菜が育てられない……と残念に思っている方もいるかもしれませんが、たとえ少しでも、あるとないとでは心持ちがまったく違うもの。「野菜を育てている」という意識があるだけで、天気や季節の移り変わりにも、ずっと敏感になれるでしょう。ゆとりがあれば、私もぜひバルコニー菜園に挑戦したい! そう強く思いました。
園芸実習は現在も続いている。
朝倉彫塑館では、子どもたちが土に親しむ機会を提供し、屋上菜園や庭園の手入れなどの作業を通じて自然観察の目を育むイベントを定期的に開催しています。視界を遮るもののない青空の下、一風変わった「屋上」での園芸体験。朝倉彫塑館の方によると、「リピーターの方が多いのが特徴です。東京ではなかなか土にふれる機会に恵まれないので、保護者の方も楽しんで作業されています」とのこと。親子で園芸体験というと、どうしてもお子さまの食育や自然学習に注目しがちですが、実際は大人こそ、普段忘れがちな感覚が刺激されるものなのかもしれません。
最後に、屋上で出会った作品たちを少しだけご紹介! 街をぐっと見下ろす男性に、なぞの……ブタ??
実はこのブタをモチーフにしたブロンズ像、朝倉氏の弟子が手掛けた水場の吐水口。当時、屋上で採れた野菜を室内に運ぶ際に野菜を洗ったのだとか。
よし!うちのバルコニーにもアート作品を!……というのはハードルが高すぎますが、こんなちょっとした遊び心も、バルコニーのアクセントに良いものですね。
取材協力
台東区立 朝倉彫塑館
- 〒110-0001 台東区谷中7丁目18番10号
(JR、京成線、日暮里・舎人ライナー 日暮里駅北改札口を出て西口から徒歩5分) - 03-3821-4549
- 午前9時30分~午後4時30分 (入館は午後4時まで)
- 休館日:月・木曜日(祝休日と重なる場合は翌平日)、年末年始
※展示替え等のための臨時休館あり - http://www.taitocity.net/zaidan/asakura/