水のある旅
武蔵野の森に湧く名水と落合川の清流
取材日: 2019年10月
東京の郊外、東久留米市の一角に小さな森がある。クヌギやシラカシなどの広葉樹が繁茂し、武蔵野の面影を彷彿とさせるその森に守られるかのように湧く水を求め、平成の名水百選の一つにもなっている「落合川・南沢湧水群」 の地を訪れた。
西武池袋線・東久留米駅の西口から南に向かうと、徒歩10分足らずで落合川にかかる美鳥橋に着いた。
このまま名水探訪を始めてもいいのだが、久留米市のガイドマップにある「常夜灯・庚申塚」が気になって、少し戻ることに。
常夜灯という言葉の響きに誘われて、つい住吉大社の高灯籠のような姿を思い浮かべ、美鳥橋の一筋手前の道を 右折。住宅に沿って歩いたのだが、それらしきものが見当たらない。
『あれ?』と首を傾げ、振り向いた目に映ったのがブロック塀の角の切れ込みのようなところに二つ並んだ常夜灯と庚申塚。
いにしえの港の灯台やお寺の石灯籠と違い、街道をゆく人の足元を照らしたのであろう常夜灯(1804年造立) と庚申塚(1757年造立)の傍らに、これらの石塔が東久留米市指定の有形民族文化財であることを記した由緒書 きがあった。
元の道に戻って美鳥橋を渡ると、南沢湧水群と同じ水脈を持ち、東京都環境局認定の「東京の名湧水57選」の一つ、「竹林公園」の湧水があるのだが、ここはまず落合川を遡るかたちで川沿いの遊歩道を歩き、南沢緑地にあるという「南沢湧水群」に向かう。
すると美鳥橋の上流、老松橋のあたりに船着場のような石組みが。
黒目川から落合川へと、高瀬舟のような川船が行き来したのだろうか。それとも灯籠流しのような風習に用いられたのか、などと思いつつ眺めたあと、毘沙門橋を渡って南沢水辺公園の中を通り過ぎたところに南沢氷川神社の鳥居があった。
この地には古来より地元の人々に崇拝され、祀られてきた湧水の守護神、鎮守の森があったとのことで、その鎮守の森が元になり、江戸の頃、関東で多く見られる氷川神社の一つになったとの説があるが詳細は不明。
現存する古文書に平安初期の歌人、在原業平が東下りの折、南沢に宿をとり、社前に立ち寄ったとの記述があるとのことだが、それが素戔嗚尊を祭神とする氷川神社であったのか、古き鎮守であったのかも明らかではない。
ただ、この南沢氷川神社の存在が南沢湧水群を守る武蔵野の森と深くかかわり合ったであろうことは容易に想像できる。
石段を登って社殿に手を合わせたあと、神社の前のせせらぎを渡り、湧水の森へと足を踏み入れた。
夏の日差しを遮って一塵の涼をもたらすクヌギやシラカシなどの樹々の合間に小道があり、その道に従って進むと、清冽な水の流れ。
その流れの先の斜面にいくつかの湧水があり、小さな池に小さな水頭ができていた。
環境省の名水百選や東京都の名湧水57選に選ばれている湧き水のこと。近づいて水を汲み、口に含んでみたいところだが、湧水群の周りには湧水や植生保護のための柵が巡らせてあり、味をみることは断念。
これらの湧水が、湧水のみを水源とする落合川の流れとなり、黒目川へと流れ込んで、やがては新河岸川から東京湾に至るのかと思いながら森の奥の坂道を登り切ると、そこには舗装道路と道路の向こうに広がる甍の波。
湧水の森と隣り合うかたちで東京都水道局南沢浄水場の巨大な配水塔が建っていた。
この森が台地の縁の斜面に沿って広がっていることから思い当たったのが武蔵野台地にあってハケと呼ばれている湧水崖線の存在。
例えば昭和の名水百選の一つ「お鷹の道・真姿の池湧水群」(国分寺市)もハケの湧水であり、斜面に沿って雑木林が広がっている特徴も合致している。
東久留米市のホームページにハケの文字は見当たらないが、南沢湧水群の地勢と森の特徴から、ここもハケの一つと考えて間違いないと思いつつ坂道を下って神社の前の小川まで戻った。
次なる目的地は落合川の源流部。東久留米市八幡町の源流部から黒目川の合流点まで約4kmの流れであり、南沢湧水群からなら残る距離は半分と考えて遊歩道を歩き始めたのだが、なにしろ真夏の日差しが照りつける中でのこと。
武蔵野の森の木陰が心底恋しくなるのを奮い立たせてくれたのが川面に遊ぶ子供たちの姿。
住宅地の中を流れ、浅瀬となっていることから格好の遊び場、憩いの場となっているようで、先生に引率された子供たちや母子連れの楽しげな声が川面に響き、可愛い笑顔が広がる。
湧水の河床には、ミズニラなどの希少な植物が育ち、絶滅が危惧されているメダカやホトケドジョウなどの魚も生息しているとのこと。
川面に憩うカルガモの姿も目にすることができた。
子供達の歓声に励まされ、野鳥の姿に癒されているうちに落合川の源流部。この辺り河床の殆どを草が覆い、水の流れを隠していた。
その他は護岸もそのままで、ぷつりと川が途切れる感じ。
さて源流は? と辺りを見回していると、青い文字で「落合川の湧水点」と記した標識。その矢印が示す先の石組みから清らかな水が流れ出していた。
この小さな湧水や南沢湧水群など武蔵野台地の湧水が固有水源となり、黒目川に合流する頃には1万m3/日の流れになるとのこと。
八幡町の源流部から落合川を下り、神明橋のたもとにある庚申塔や石橋開国供養塔、こぶしばしの辺りにある落合川水生公園の池に咲く睡蓮の花などを眺めながら南沢湧水群を過ぎ、美鳥橋まで戻ったところで「東京の名湧水 57選」の一つ「竹林公園」に向かう。
竹林公園は、その名の通り台地の縁の竹林の前を拓き、竹の葉ずれも涼やかな公園に仕立てたものだが、竹林の下の斜面は広葉樹の樹々が繁茂して昼なお暗い武蔵野の森。
その森の麓に落合川の源流の一つとなる湧水がこんこんと湧き出ていた。
泉の辺りに佇み、石器の昔から平安、江戸、そして国木田独歩の頃までの武蔵野の変遷に思いを馳せ、奇跡のように残った、小さな小さな武蔵野の森がいつまでも樹々を茂らせ、南沢湧水群や竹林公園湧水を守りつづけてくれることを祈りつつ「落合川・南沢湧水群」を巡る水のある旅の帰途についた。
■ 東久留米市の観光スポット
- 落合川・南沢湧水群
- 竹林公園
- 富士見テラス
- 南沢氷川神社
- 東久留米七福神めぐり、etc
■ 東久留米市の特産品
- 柳久保小麦(手打ちうどん、カリントウ、etc)
- 梅(梅ワイン、梅酒)、etc