水のある旅
平成の名水百選「針江の生水(しょうず)」、かばたを巡る旅
琵琶湖の畔、安曇川の扇状地に湧き、人の暮らしと繋がる名水
取材日: 2020年1月
琵琶湖の3分の1は高島市から流れ込んだ水でできている、という話があります。
このことから「琵琶湖源流の郷」とも呼ばれている滋賀県高島市の一郭、新旭町針江に湧く「針江の生水(しょうず)」を求め、JR湖西線の新旭駅に向かいました。
JR湖西線は、京都の山科駅で米原に向かう琵琶湖線と分かれ、琵琶湖の西岸に沿って敦賀との間をつなぐ路線。京都駅から約50分で新旭駅に到着します。
その新旭駅から徒歩で15分、新旭町針江の公民館を目当てに歩いて公民館の脇の「針江 生水の郷委員会」の事務所を訪ね、出迎えてくださった三宅 進会長の案内で「かばた(川端)」を巡る旅を始めることになりました。
公民館の傍の空き地の片隅、道路に面したところにあるコンクリートの枠組みの中、自噴する湧き水を指さされた三宅会長が、「これが、かばた。今は空き地になっていますが、かってはこの家の住人が日常的に使われていたものです」と話してくださいました。
平成の名水百選の一つ「針江の生水」は、安曇川扇状地の伏流水を「かばた」として日々の営みに用いている針江地区の湧き水を一つにまとめたもので、「生水(しょうず)」は「清水」に同じとのこと。
そういえば昭和の名水百選、福井県大野市の「御清水(おしょうず)」や富山県の黒部市と入善町にまたがる「黒部川扇状地湧水群」など、北陸地方では「清水」を「しょうず」と読むことが多かったと思い、北陸に近いこの地では、清水の「清」が生きるの「生」に転じたのかな、などと思いつつ、「かばたは幾つあるのですか?」とお尋ねすると、
「針江地区に110箇所の湧き水があり、このうちの90箇所の湧き水を内かばた、外かばたとして日々の暮らしに利用しています。
内かばた、外かばたの違いは、母屋の屋根続きの場所にあるか、ないかの違いで、屋根続きの内にあるものを内かばた、屋根続きではない敷地内にあるものを外かばたと呼んでいます。
あとの20は、社寺の境内や田畑の脇などにあって、住居とは異なる場所にあります」とのこと。
つづいてご案内いただいたのが針江地区の中央部を流れる針江大川。
かばたなど、安曇川扇状地の湧き水を集めて流れる川で、年に4回、地区の人たちが集まって川底や岸辺の草を刈るなどの清掃作業を行い、カワムツやヨシノボリなどが棲む自然環境の保全に努めているとのこと。
初夏の頃になると、清流を象徴する水生植物「バイカモ」が流れのあちらこちらに小さな白い花を咲かせるという川面の傍らには、かって田舟が往来していたことの記憶を後世に伝えるべく設けられた船着場の石組みがありました。
そこから三宅会長のご自宅に向かい、小さな水路の脇にあって、鯉や金魚が泳ぐ外かばたを眺めていると、
「端池(はたいけ)に張ってある網は、サギなどの鳥に魚が獲られるのを防ぐためのもの。かって、 かばたの魚が全滅するほどの被害を被ったことがあるのです」と苦笑いなさったあと、
「針江の生水は自噴井なのですが、家の中で利用するにはポンプで圧送する必要があるため、ご覧のように、かばたの壺池に水を流すパイプと、家の中に圧送するパイプの2本があります。
上流から壺池1、壷池2、端池の順に巡って、端池から外の水路に流れます。水温は14℃といったところで、夏にはスイカなどを壺池で冷やしています」と説明してくださった。
「さぁ、どうぞ」
そう勧められてパイプから流れ落ちる水を汲むと、何とも柔らかな口あたり。
その柔らかさは、これまで口にしてきた数多くの名水の中でも間違いなくトップクラスのもので、このまろやかな水を飲み水はもとより風呂の水にまで使っておられることを羨ましく思いました。
そこから大川沿いを歩き、琵琶湖のアユが登ってくるなどのお話を伺っている途中、
「あ、カワセミ」。
三宅会長の指の先に青と黄色の鳥。
慌ててカメラを向けたのですが、ズーム135mmのレンズでは護岸の梯子に羽を休めるカワセミの姿を小さく捉えるのが精一杯でした。
その大川に流れ込む小さな水路に沿って歩くと、家の壁の下から水路に向かって流れ出る水の波紋が点々と。
「これが内かばた。住居の内なので見ていただくことはできませんが、構造はこれまでに見ていただいた外かばたと同じです」と三宅会長が説明してくださった。
また、針江の道筋で見かける木造りの常夜灯は、公共下水道が整備されたあと、その点検用のステンレスのパイプを覆い隠す形で設置したもので、12基をこしらえ、太陽光発電を利用して点灯しているとのことです。
次に訪れたのが曹洞宗のお寺で、近江三ヶ寺の一つに数えられる霊薬山正伝寺の内かばた。
中に入らせていただくと、水中のボールに沢山の小さなカニ。
「食べるのですか?」
「いや違うと思います」
どうなさるのか、お寺の方に確かめたいと思ったが、法要の最中とあって遠慮させていただいた。
その正伝寺の境内に回ると、針江の生水の湧き水を満々と湛える霊泉「亀ケ池」。
正伝寺の薬師如来にまつわる縁起を石像にしてあらわしたものとのことで、池の端に亀、中の島に舟に乗った薬師如来のお姿があり、その中程にこんこんと湧きあがる生水の波紋が広がっていました。
かばたを巡る旅の最後に見せていただいたのが、田んぼに水を引くために使われていたものを町中の公園の脇の水路に移設したという水車。
ここまでの道筋で見かけた、道端の地蔵堂の前や田んぼの脇のかばたとともに生水の郷、針江の風景にしっかりと溶け込んでいました。
また、水の豊富な高島市では昔から撚糸などの繊維業や酒造りが盛んであったそうで、新旭駅前の高島市観光物産プラザには「高島ちぢみ」の衣類や、生水の郷の酒蔵・川島酒造の「松の花」などの地酒が置かれていました。
高島市の観光スポットとしては「針江の生水」の他に、日本の棚田百選に選ばれた「畑の棚田」や日本の滝百選の一つ「八ッ淵の滝」など多くの名勝があり、また、琵琶湖周航の歌で知られる今津港や竹生島へのクルーズ船などがあります。
追記 「針江の生水」は、そのほとんどが住居敷地内にあるため、ボランティアガイドの案内のもと、見学することになっており、針江の生水を訪れる際は「針江 生水の郷委員会」(http://harie-syozu.jp/guide)にてご予約くださいとのことです。
「針江 生水の郷委員会」では新型コロナウイルス感染症の早期収束の対応活動のため、2020年2月27日より案内業務及び案内予約を自粛しております。 業務の再開に関しましては、関係機関の発表や情勢を踏まえ、改めて案内がございますので、詳細は上記「針江 生水の郷委員会」HPをご確認ください。